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ポラロイドという写真
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横浜美術館で「126 POLARIOD ~ さよならからの出会い」を見てきた。
1作家6枚のポラロイド写真をフレームに収め、総勢126人分のポラロイド作品が会場に
張り巡らされている。
ポラロイドと言えば、SX-70の不思議な写りのどこが面白いのか全然判らなかった僕には
スカンジナビア半島に行くぐらいにほど遠いもので、たぶん使わないだろうなと思ってるうちに
フィルムがなくなった、というものだった。

なにせプリントのサイズはポラロイドの大きさであるので、迫力という点では今ひとつの感じも
したけれど、仮にサイズが六切りぐらいだったら、壮観なグループ展になっただろうなと感じる
ほどに、多くのポラロイド写真には見事なほどの個性があった。荒木経惟は荒木経惟らしく、
森山大道は森山大道らしく、沢渡朔は沢渡朔らしく。弘法筆を選ばずの例えの通り。

ただ、いささか違うと感じたのは、ポラロイドの大きさを意識せず、普段通りにファインダーで
捉えられるものを撮った人と、最初からプリントサイズのことを意識して撮っている(狙っている)
人のちがいといったところ。
6枚一組という前提であるなら、僕はどうやらはみ出しちゃってる人の方のポラロイドに惹かれた。
そういう意味ではレディガガをモデルに撮っってコラージュした作品は見事だった。欲しくなった。
手法そのものはデビッド・ホックニーのフォトコラージュそのものだったけれど。

同じ手法のどちらが好きかと言われれば、それはもちろんホックニーである。

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20×24インチのフィルムを使った大判ポラロイドも展示されているが、これはポラロイドという
先入観ではとても見られないすごい(素晴らしい)ものだった。
フォトコラージュとか大判みたいなポラロイド写真だったら、「作品」というようなものに使ってみたいと
時代にポラロイドとは、時代錯誤にもほどがあると判っていても、かなり本気で思ったのだった。
写真というものが一通りでない以上、ポラロイドという別のカテゴリーはあっても良い。そう思う。
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by ash1kg | 2010-08-14 00:55 | 写真日記
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影と光、記憶と個人的な記録
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