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バケツ現像のことなど ~ 森山大道について 2
c0123210_17283475.jpg僕の作るプリントは昔から粒子が粗いモノばかりなのだが、それにはちゃんとした理由がある。

話は四半世紀前にさかのぼる。僕が都立高校の生徒だった頃だ(たかだか高校時代の話をするだけなのに、四半世紀もさかのぼらなければならないことに心の底から驚いてしまう)。
僕はちょっとした事情で便宜上、写真部に籍を置いてもらっていた。
僕の高校の写真部というのはスノッブな不良の集団みたいなところで、決して非行少年ではないのだが、写真部のくせに手にするのは煙草や雀牌。ミーティングと称して週末ごとに池袋で酒盛りをする、そんな集団だった。

それでも部の維持のために最低限の活動はしていて、その「最低限」が年2回の校内での写真展だった。1度は学園祭の催しとして開かれ、もう一度は3年生の卒業制作に合わせた写真部主催の催しだ。
学園祭では、部長その他の上級生が写真をセレクトするおかげで実際に写真を作らなくてもどうにかなるのだが、毎年2月の写真展だけは全員強制参加だった。出展しない者は除名というルールがあってサボることができない(あんないい加減な集団なのに、この規則だけは厳格に守られていた)。名目だけの幽霊部員である僕も写真を作らなければならなくなってしまったというわけである。

2月の定期展の直前には数が少ない上に使い込まれたボロボロの設備に部員が群がる。現像用のタンクや引き延ばし機は上級生たちに占拠され、1年生はいつになってもフィルムの現像すらできないという感じである。そのときに先輩から教えられたのがバケツ現像なのだ。

暗室はいつも満員なので、シーズンオフで使われていないプールのシャワー室を借りて、すべての窓に目張りをしたうえで暗幕を二重に張って完全暗室を作る。
次に持ち込んだポリバケツの中に現像液を入れ、パトローネから出したフィルムを放り込み、ときどき手を入れて掻き回す。適当に時間が過ぎたところでフィルムを引き上げて停止液の入ったバケツに放り込むといった手順で現像を済ませるといった具合だ。
現像の精度の問題はあっても、ただ荒っぽいだけで手順は間違っていない。フィルム同士が擦れて傷ついてしまったりすることもあったけれど、1本のうち4~5コマぐらいはまともに現像できた。それで十分だったのだ。

それより問題だったのは寒さである。2月のシャワー室で冷たい現像液を掻き回すのだ。冷たくないわけがない。写真より我が身可愛さで僕たちは躊躇なく現像液や定着液の温度を上げることにした(希釈をぬるいお湯でやった)。こうして偶然にも肉乗りのいい黒々としたネガができあがり、粒子の立ったプリントができあがってしまったというわけである。
最初のプリントが今ひとつというものだったら、たぶん温度に敏感になったり、きっちりと時間を計るようになったのかもしれない。本当に偶然、最初の1枚 ―― 夏の強い日差しに照らされた道路の写真だった ―― がギラギラと格好良くできあがってしまったのだ。

今になって考えてみればバケツ現像を教えてくれた先輩Y氏は森山大道のファンだったんだろうと思う。ということは、僕も間接的に森山大道の影響を受けていたということにならないわけでもない。いずれにせよ、僕にとってはわりと幸福な出会いだったのではないかと、巡り合わせのおもしろさに今更ながらに感心している。
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by ash1kg | 2007-06-21 17:29 | 寫眞昔日談
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影と光、記憶と個人的な記録
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