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前にも書いたが、僕が写真家や名作と呼ばれる写真の知識について細かく知るようになったのは3年ほど前からのことで、いまでも僕の写真的情報は穴だらけのままである。本棚には写真周辺の本がかなりの量として詰まっているくせに写真集はほとんどないとか、名前は目にしているにもかかわらず代表作と呼ばれる写真はほとんど見たことがないといった具合なわけだ。 そもそも僕は有名な写真家がどんな写真を撮ろうが知ったことか、と切り捨てているところがあって ―― もっと言えば誰かと比較するために写真を撮ってるわけじゃないという意識があって ―― 人の写真にそれほど強い興味が持てない。だから写真家そのものにも強烈な好き嫌いはないのだが、どうしたわけか佐内正史と渡部さとるだけはいつまでたっても大嫌いである。はっきりとした理由があるわけではなく、いわば生理的に受け付けないのだ。 と言っておきながら渡部さとるの「旅するカメラ」は2冊ともちゃんと読んでいて、先日発売になった3冊目も書店で見つけてすぐに買ってしまった。 今日、通勤途中に「旅するカメラ3」を読んでいて「?」とページをめくる手が止まってしまった。85ページに一人の人についての描写があった。 「赤いキャップを後ろ前逆にかぶり、シャツのポケットにはショートピースが見える。手には100ミリマクロレンズを付けたキヤノンF-1が握られていた。(以下略)」 かつて多木浩二、森山大道とともに雑誌「PROVOKE」を立ち上げた中心人物、中平卓馬の描写である。 もはや伝説の写真家と言ってもおかしくない人だ(特に写真を志す多くの若い人にとっては)。 僕が中平卓馬の描写を目にして手が止まったのは、こんな外見の人を見た覚えがあったからだ。 しかも、とある理由でその外見は強く印象に残っていた。 今年の冬の最中、散歩の途中でふとギャラリーに入り、たまたま開かれていた写真展を見たときのことだ。 僕の場合、写真を見てもだいたいは無反応か(まるっきり興味を惹かれない場合)、悔しがる(自分よりはるかに 巧いと感じた場合)かのどちらかなのだが、その写真展に出ていた数枚の写真に凄まじく惹かれて、僕としては 極めて珍しく、その写真の前で結構長い時間、立ちつくしていた。 その時、なんだかはっきりしないしゃべり方でぼそぼそと喋りながら写真を見ているオッサンがいて、その人が 赤いキャップを逆さにかぶって、首からF-1を下げていたのだ。 それだけならちょっとかわったオッサン程度ですぐに忘れてしまうはずなのだが、このときはさらに続きがある。 僕が1枚のモノクロ写真の前で突っ立っているところにそのオッサンが来て、 「君ねえ、僕は原宿の生まれなんだよ、原宿。生まれが原宿でねえ」 と、馴れ馴れしく声を掛けてきたのだ。 僕はただでさえ口も態度も悪いのに、そのときは写真に魅入っていたせいで、瞬間的にかなりアタマに来てしまった ―― それは「原宿、原宿」と原宿生まれがさも偉そうに聞こえたことにも理由はある ―― 。 「原宿だからなんだよ。オレぁ池袋生まれの池袋育ちだけど、なんか文句あるかよ」 と、声にドスを効かせて言い放ってしまったのだ。 するとオッサンは驚いたような顔でオロオロと次の写真に移動していき、主催している若い人が僕の声と言うよりも、 そのオッサンへの気遣いで慌てて次の写真の解説を始めたのだった。 そのときは僕は「ああ、重要な客なんだろうな」程度の感じしか受けなかったのだけれど、会場を出た後になって から胸ぐら掴んで引きずり倒してやれば良かったなどと、イライラしながら思っていた。でもって時は半年ほど 過ぎて、今日になってあのオッサンが中平卓馬らしいということに気が付いたというわけである。 帰宅してからネットで中平卓馬の近影を探して見たら、そこに出てきた画像には予想通り僕が凄んだオッサンが 写っていた。 ただ、正直なこと言わせて貰うと、中平卓馬がどれだけすごい写真家だったとしても、舌鋒鋭い批評家だったと しても、それは過去のことでしかない。今も最前線・天辺にいるかといえばそんなことはないのだ。 しかも写真なんて所詮は1枚の紙である。文章や音楽ほど歴然とした差が出るものでもない。 それをまあ年功序列の権化のごとく、あんなにペコペコとアタマを下げてるようじゃ仕方ないよなと思ったのだった。 目の前にいるご本人が中平卓馬だと知っているなら、アタマ下げてる間に1回でも多くシャッター切った方が マシではないかと。 まあ胸ぐら掴んだり、凄んだりするよりは、頭を下げる方がマシなのかもしれないが。 (@渋谷 / 中平卓馬に凄んでから2時間後)
by ash1kg
| 2007-07-12 01:03
| 写真日記
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