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伝説となるための必要条件
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浅田真央ちゃんのフリースケーティングの興奮で朝まで全く眠れず、超寝不足のまま過ごした一日。
それでもやがて伝説となるであろう瞬間を目の当たりにできたのだから文句などあろうはずがない。ほぼ一日経った今でも、スポーツニュースで映像を目にすると肌がゾワゾワっとしてくる。

伝説が生まれる瞬間に立ち会うことは誰の人生であっても稀に起こることがある。個人的なことで言えば王貞治が756号のホームランを放ち、かつての世界記録を樹立したときにたまたま球場にいたのもそうだろうし、かつて知り合いだった方で、たまたま出張で訪れていたロンドンでビートルズの屋上ライブに遭遇したという人もいた。
昨日の浅田真央ちゃんの演技もいずれ同じように伝説になるような予感がする。

かつて長嶋茂雄は「記録ではなく、記憶に残る選手」と呼ばれた。
伝説になるのには必ずしも記録や結果が必要なのではなさそうだ。目撃していた人々の共通言語になるような強いインパクト。これが伝説となるために必要な要件のようだ。
と書いてみたところで、ぼくが伝説になる可能性などゼロに等しいし、そもそもそんなものになりたいとも思わないが。
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by ash1kg | 2014-02-22 01:17
近況報告。
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ブログでも書いたモノと思い込んでましたが、ふと気が付いて過去のエントリーをさかのぼってみたら近況報告をまったくしていなかったことに気が付きました。
リーマンショックのあおりを受けて4年前に退職勧奨を受けて会社を辞めて以降、紆余曲折、艱難辛苦、臥薪嘗胆をどうにかくぐり抜けて、ご縁があって昨年の11月より福島・いわきの「コールピット」というギャラリー&暗室で仕事をしています。

とは言ってもいわきに常駐しているわけではなく、毎週木曜日の早朝からいわきに出かけ、土曜日の夜に帰京するというパターンで、毎週あちらで3日間、写真展が開かれていればギャラリーの管理や聞かれれば展示作品の説明をしたり、暗室作業のレクチャーをしたりといったことをやってます。
とは言っても財団法人が写真文化の発展と継承に寄与するべく運営しているギャラリーということもあって、暗室なので、一般企業のように「売上がー」とか「目標がー」ということに目を血走らせることもなく、のんびりと運営に携わっています。

いわきというところは日本でも2番目に面積の大きな市だそうで、内陸部は炭鉱、沿岸部は漁業で成り立っていたんだそうです。
炭鉱の衰退とともに地域経済は衰退してきたそうですが、それでもいわきの駅前には5~6階建てのビルが並び、地方都市っぽさが見て取れます。
震災以降は原発の事故収束と廃炉作業のために作業員の人たちが過ごす拠点にもなっていて、沿岸部からは津波と原発事故から避難してきた人たちで人口は増えているのだとか。極めて小規模ですが、鍛工の衰退以来の「バブル」になっているらしいです。
震災直後には陸の孤島となった上に、原発事故が混乱に拍車を掛け、空き巣やら強奪など、報道されない事件が数え切れないほどあったと聞きました。昔は玄関に鍵など掛けなかったそうですが、ギャラリーがオープンしたての頃はお昼を食べに出るのに路地を歩いてるだけで「なにしてんだ?」と警戒感満載で声を掛けられることもありました。車で移動するのが基本の地方都市で、見慣れない人間が裏路地を歩いているのはさも奇妙なことのように映ったようです(今では多少顔見知りも増えて、そんなことはなくなりましたが)。

いわき通いが始まった頃はモニタリングポストの空間放射線量もやたらと気になりましたが、今ではモニタリングポストの数値を見ることもしなくなりました。
数値は東京の3~4倍を示してますが、それが塩の結晶1粒と4粒の差なのか、東京ドーム1杯分と4杯分の差なのか、まったくわからないということも気にならなくなった原因の一つ。何より目には見えない放射線を除けば間違いなく東京よりも空気はきれいで、あれやこれやが混ざってるけど放射線の少ない東京の大気とどっちがどうなんだろう?と思ってしまったり。

それでも4~50キロ先には剥き出しの使用済み核燃料プールがあるのも現実で、大きな余震が起きて原発に影響が出たらと思うと、毎週東京に帰ってきたときには「今週も無事に生きて帰ってきた」と思わずにはいられません。地元の人たちは頭の中では思っていても、なかなか口には出しませんが、誰もが同じようなことを考えているんだろうと。

でも地元の高校生・高専生たちはどこにでもいる若者そのもので、いかにしてこの場所を出て行くか、そのために何をするかに懸命になっている感じです(そういう意味ではものすごくマジメ)。
だからといってマジメ一辺倒の堅物ではなく、10代の子たちそのもののバカさや軽さ、うわついた暢気な考え山盛りで、話していても笑ってしまうことばかり。親愛の情を込めて「バッカだなあこいつら」と思うことばかりです。

フェイスブックなどのSNSでは近況を都度書いてましたが、こちらしかご覧戴いていない方にはすっかり報告が遅れてしまいました。3年半、多くの人たちに励まされたり、相談に乗ってもらったりして、すごく助けてもらいました。毎週、生命の危険と少々近いところで過ごしつつも、おかげさまで僕は元気です。
いつ何があっても後悔がないように、やりたいことはやり、会いたい人に会い、話したいことを話しておこうと思ってます。
以上、遅すぎる近況報告でした。
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by ash1kg | 2013-05-08 14:31
ビッグサイズ
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次回の展示に使うプロジェクターのテストをするのに適当な写真がなくて、自分写真をサンプルにしてテストしていたのだが、全倍ほどに大写しされた写真のあまりのインパクトにテストどころじゃなくなり、途中から100枚ほどの自分の写真に観入ってしまった。

もとより僕は写真は「大きく、多く」を是とするので、とにかく大きな写真にはそれだけで惹かれるのだけれど、改めて見てみるとやはり大きさってかなり重要なのではないかと感じた。
きっと何でも大きければ良いってもんじゃないはずだが、ある種の写真は大きさが最優先されるべき重要事項になるような感じがする。AC/DCやラモーンズをヴォリュームを絞って聴くのが大間違いであるように。
そしてどうやら僕の写真はまさに大きさによって印象が左右されるようなのだ(自己判断だけど)。

いやあ、大きな写真って格好イイなあ。
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by ash1kg | 2013-03-30 22:20
あれから2ヶ月、そして写真展まで27日
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今日11日で震災から2ヶ月が経つ。
ずいぶん前のことのような、まるで先週のことのような、不思議な時間の進み方だ。
ニュースを見れば相変わらず避難所の厳しい生活と、終息の目処がたたない原発のニュース、
相変わらず無責任な小手先の対応が途切れることはない。まだ震災は続いている。

東京の水不足は一息ついて、以前ほどの物量、値段まではいかないものの、品物がないという
ことはなくなってきた。
それぞれの家庭に行き渡ったと言うよりも、なんだか「喉元過ぎれば熱さを忘れる」みたいな
ホントに大丈夫なの?みたいな印象がある。

うちには水のストックがあったのだけれど、震災直後の支援物資に半分を供出して、その後の
放射線検出パニックの間になくなってしまった。以来、いまも続けているのが空のペットボト
ルに日常で使うための水を汲みおくことを続けている。
顔を洗ったり、歯磨きのために使うのではなく、食事の支度やコーヒーを入れるような沸騰
させる用途に使っている。

いまは6本のペットボトルに水を汲み置いているが、僕のペースではおおよそ3日ですべて
入れ替わる計算だ。まだ本格的な暑さでは試していないが、とりあえずいまは水が腐ること
もなく使えている(夏場はまた放置実験をしてみなければならない)。

こうしておけば、また大きな地震がやってきたときも、3日分の最低限の水は確保できている
ことになる。お湯を沸かすための火はどうにか作れる準備をしてあるので、少なくとも脱水
状態になることは避けられるはずだ。

何もなかったこれまでならば、面倒で、滑稽な準備に見えるのだろうが、僕たちはすでにあの
揺れを経験している。備えあれば憂いなし、だ。
いざというときには間違いなく役に立つので、習慣の一つとしてやる人が増えたらいいなと
思っている。

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なんてことをやってるばかりで、写真展の準備は遅れに遅れている。
先日、コピーをするためのテストはしてみたけれど、まだ撮影していない。
悠長なことをやってるほど余裕はないのだが、これも相変わらずの短期後期決戦型の表れと
自嘲気味に考えている。
それでもまあどうにかなる/どうにかするんだろうと、自分を信じている。
大丈夫。僕は必ずちゃんとどうにかまとめる。それは自信がある。

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by ash1kg | 2011-05-11 00:55
ニューヨーク本の値段、決めました/写真展まで32日
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『ホリー・ゴライトリーの妹』

サイズ/13cm×20cm(ペーパーバックサイズ)
ページ数/190ページ(写真(110点)+テキスト)
仕様/モノクロ印刷、90g/㎡(クリーム色)、ソフトカバー(ラミネートコート)← 5/7追記
価格/2,500円 (送料別)
送料/200円 (日本郵便の冊子小包でお届けします)← 5/7追記
納期/お届けまで最長2週間

ご希望の方は kitsune0707<at>gmail.com までご連絡をお願いします。
(お手数掛けますが<at>を@に直してお送りください)

今月20日までにお申し付け戴いた方については、
会期中、写真展会場にご来場戴ければ、直接お渡しします。
手渡しができない方につきましては、すみませんが郵送にて送らせて戴きます。
(レターパックについて、詳しくはこちら→「日本郵便レターパック」)← 5/7追記

なお、写真展終了までの間にご注文いただいた分につきましては
利益を今回の震災の被災地への義援金に送らせていただきます
(いまのところ日本赤十字を想定しています)。

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タイトルの「ホリー・ゴライトリー」はトルーマン・カポーティの
『ティファニーで朝食を』の主人公です。映画ではヘップバーンが演じていました。
(ご存じの方も多いと思いますが、よく聞かれるので書いておきます(^_^;)

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by ash1kg | 2011-05-06 21:45
あの金曜日から14日
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原発について思うところを書き留めている。
今はまだまとまってもいないし、口にするときでもないので、何度も繰り返し考えて、
何度も書き直して、自分はどう思っているのか、自分なりの結論が出たら良いなと
思っている。
あまりに衝撃的な状況が続いていて議論百出、百家鳴騒の感があるけれど、できる
ことをやり、それぞれが周りの意見に左右されることなく、しっかりと考えることが
いま求められているのだと思う。
「そんな難しいこと、わかんない」と放り出さずに。
その結果、いろいろな意見が出てくるだろう。そこからよりよいものを創り出していくことが
今度の震災で命を落とし、避難所で大変な生活を強いられ、現場で危険と隣り合わせで
作業を続けている方々に僅かながら報いることになるのだと、僕は信じている。

あの金曜日から2週間が経った。
もはや僕たちは3月11日以前には戻れないのだ。
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by ash1kg | 2011-03-26 02:12
Morning glow
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ほとんど眠れずに早起きした朝。
それでもこんな空が見られるなら、早起きのし甲斐があるというものだ。
良い一日になりますように。
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by ash1kg | 2010-07-15 06:20
仙台へ / 潜れば底はさらに深く
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1月の予感通り、無い袖を懸命に振って「最後のマンガ展」の仙台編を見に行ってきた。
「最終重版」というサブタイトルの通り、今回の仙台での展示でこの巡回は終了らしい。
回数が自慢になるとは思えないが、僕は4回見た。上野で2回、大阪と仙台で1回ずつ。
この展示がこの先、どんな評価を得ていくのかは予想もできないが、ある種の人たちにとって、
この「最後のマンガ展」を見たかどうかがかなり重要な差異になってしまうのではないかと
個人的に思う。

大阪では会場の違い(上野と大阪の違い)が気になったのだが、今回は仙台メディアテークと
いう会場が実に良くて、上野とはまた違った良さを味わうことができた。もちろん圧倒され、
揺さぶられ、打ちのめされたことは変わらず(4度も見てるのに)。

同じ平面表現なのに、どうしてマンガにできて写真にできないのか。
その答えはようやく手がかりを見つけたような気になっている。
見せるとはどういうことか、どういうプロセスで見せたら良いのかについては、自分なりの結論に
至っているが(それなりに論理的に)、おそらくそれはある部分が普遍的なだけなのだと考えて
いるので、披見する気にはなれない。
ただそこにこそ写真が根源的に持っている高い壁はあるのだと思う。
だからこそ乗り越えなければならないのだが。

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展示されているのを見てからというもの頭から離れない言葉なので、何度でも繰り返す。


      言葉は海のようだ
      底に何があるのかは深く潜ってみなければわからない
      眺めるだけの者にとってはただ綺麗で退屈なもの


「言葉」という部分を何に変えても良い。
例えば「写真」でも。

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「最後のマンガ展 最終重版」 http://www.flow-er.co.jp/sendai/
6月13日まで。
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by ash1kg | 2010-05-22 00:10
小綺麗なネガにはもう飽きた
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知人が写真を見たいと言うので、プリントの入った箱を抱えて出かける。
知人はやたらと「この作品は」という言葉を連呼し、目の前にいた僕はありがたい反面、
とてつもない居心地の悪さを感じた。

写真なんてしょせん写真である。作品という言い方は他者的であるうちは良いけれど、
(自信とか社会的評価とか)よほどのことがなければ自分で「作品」などと呼ぶのは
おこがましいことこの上ない。

知人は「作品」を連発しつつ、「ダークで汚い感じが良いよね」と嬉しいことを言ってくれた。

世界には美しい写真やプリントなんて掃いて捨てるほどある。
一枚の写真に美しさを詰め込むのも結構だけれど、写真のような小さな枠に写し取れるほど
世界はちっぽけでもなければ、狭くもない。
写真は作品である前に、まず写真なのだと改めて思った。
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by ash1kg | 2010-01-18 02:20
左義長、鏡開き、動く祝日
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今日は正月飾りを神社などで焼く左義長の日。
慣習通り、すでに外してあった輪飾りや注連飾りを持ち、近所の神社へ。
四方に竹を立てた結界の中には山のように正月飾りが積み上げられ、焚き上げられていた。

昨今は正月飾りにもプラスチックの飾りが使われることが増えて、そのまま燃やしては
ダイオキシンが発生するということで、左義長自体をやらない、プラスチックの付いた飾りは
受け付けない、一ついくらの有料で預かるなど、ずいぶん形が変わってきているそうだ。
(ウチの近所の神社は外してから預けることになっていた)

変化しているのは飾りや方法だけではない。
左義長は、以前は1月14日の夜(あるいは翌15日の昼間)に行うものだった(子どもの頃、
14日までに神社に正月飾りを持って行くのは僕の役目だった)。
ところが「ハッピーマンデー法案」の通過以降、1年の中のいくつかの祝日は日付を定めず、
その月の何週目かの月曜日と可変化するようになってしまい、毎年「今年は……」とカレンダーを
見て確認する有様である。

確かに国が勝手に連休を作ってくれた方が、国民の財布からユキチのおじさんを引っ張り
出して経済を動かすには都合が良いんだろうけど(もちろん連休は嬉しい)、飛び石連休に
なってしまったり、週の真ん中に祝日が来たりとラッキー・アンラッキーが交錯するかつての
カレンダーの方がかっちりとした季節感があって良かったのかなと思わないでもない。


夕食は供えてあった鏡餅を下ろして作ったお汁粉。
容器に注入して作った餅の不味いこと、不味いこと。
縁起を担いで一口だけ食し、切り餅を焼いて作り直したことは言うまでもない。
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by ash1kg | 2010-01-11 23:30



影と光、記憶と個人的な記録
by ash1kg
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