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カテゴリ:写真展( 40 )
諦めた4枚の写真たち
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この4枚は写真展の準備の最後の最後まで候補として残っていた4枚だ。
プリンターから出したプリントをフィルムで撮影し、ネガまで作った。
焼き付けた結果、どうにもこっちの思うようなプリントを作ることができず、仕方なく諦めた写真だ。

デジタルカメラで撮影したデータをプリンターから出力して、改めてフィルムで撮り直すという手間のかかる手法は、展示した48枚の写真の前で話を聞いてくれた方には驚きであったり、呆れであったり、中には大げさなほどに絶賛してくれる人がいたりして、人に先んじる、先鞭を付ける(というと格好良すぎるけれど)というのはやはり意味のあることなのだなと感じた次第だ。

ともあれ日の目を見ることのなかったこの4枚は、僕にとっては今のところ敗残の記録である。
最初のプリントを作る時点での工夫や加工が未熟であったがゆえの失敗だ。
だが、まだこの方法は始めたばかり。プロセスが多層的なだけに詰めなければならないところも多い。
写真は観念的な部分が確かにあるが、観念だけでできるのは撮るところまでだ。
そこから先には技術で埋めなければならないところがヤマのようにある。
写真は科学であり、カメラは機械なのだ。

この4枚が今回の手法で焼けるようになったら、僕はまた一つ新たなワザを身につけたことになる。
そのためにはまだまだやらなければいけないことばかりだ。


(写真はクリックすると拡大します)
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by ash1kg | 2011-06-14 23:25 | 写真展
サンチャゴが見た夢
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写真展では写真を見てもらうのはごく当たり前だが、僕は写真を見る方向を誘導する(ある意味では
規定する)文章と、写真とが醸成するイメージを共通化することを目標にしている。
小説や絵本、映画などがとりあえず誰が見ても、読んでも同じメッセージを受け取るように、写真もまた見る側にすべてを委ねるのではなく、こちらの言いたいことをちゃんと受け渡した上で好き嫌いや善し悪しの判断を下してもらいたいという希望が僕にはあるのだ。

文章を添えることは邪道だとか、ずるいということも言われる。
だがすべての写真は言語化されるはずで(それを実際に言語として具体的に見せるかどうかはともかく)、あえて言語化しないことと言語化できないことは、結果は同じであっても、両者には天と地ほどの違いがあるのだと思う。

今回、僕は「サンチャゴの見た夢」というタイトルを付けた文章を展示に添えた。
それはこんなものだった。

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「サンチャゴが見た夢」


初めて「老人と海」を読んだのは11歳の時だ。

長い格闘の挙げ句、老漁師サンチャゴがようやく釣り上げたカジキは港に戻るまでにシャークに喰い尽くされる。
どれだけ名作だと言われても、僕はこの小説があまり好きにはなれなかった。
「そんなの理不尽じゃないか」
「努力は報われるなんて嘘じゃないか」
読み終えた幼い僕はそんなことを思った。
サンチャゴ ―― パパ・ヘミングウェイは「それも人生だ」と笑うのかもしれない。
そういうことが人生には起こりうるのだ、と。

確かに人生には何もかもが起こりうる。
そのことを、僕らはあの三月の午後に思い知らされた。

あの日からひと月ほど経ったある日、僕は友人が写真に付けた短い文章を目にした。
英文で書かれたその文章に僕は惹きつけられ、何かに駆られるようにその数行の文章を日本語に置き換えた。

   幸福とは探し求めるものではない。
   月の石のように貴重でもなければ、宝石のように特別でもなく、
   それはどこにでもあるごく当たり前の光景の中にそっと横たわっている。
   そういうものなのだ。

毎日、僕らの目には数え切れないほど多くの光景が映し出される。しかし、そのほとんどは気に留められることもないまま、存在しなかったかのように消えていく。
やがて、残った記憶も時間のふるいにかけられ、ヴェールで覆われたように輪郭を失う。そして曖昧になった断片的なイメージへと姿を変える。その記憶の破片は無意識につなぎ直され、そうしてできあがった破片の集合体によって、記憶は否応なく書き換えられていく。
時に優しく、時に残酷に。

あのときの僕は現実の恐怖から離れてゆったりと目を閉じ、落ち着くことのできる場所を ―― 例えばそれまでの平凡な毎日の記憶や、例えば夢の中に ―― 探していたのだと思う。

もはや二度と戻らないほど遠く離れてしまったことに気付きつつ、これからも僕らは倦むほどに平穏だった日々を、懐かしさと共に想い続けるのかもしれない。
そして静かな毎日の中に横たわっていた幸福を、失うことで初めて見つけた僕らはこう願うのだ。
「あの日までのような平穏な毎日が戻ってきますように」と。

これからの日々の中にどれだけ滑稽で、シニカルで、不条理で、唐突で、許し難く、やるせない出来事があったとしても、僕らはこれからも日々の欠片を積み重ねつつ、明日を夢見るのだろう。
サンチャゴが漁師小屋の粗末な寝台でライオンの夢を見たように。

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果たしてどれだけの人に正確に受け渡すことができたか。
不安でもある。
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by ash1kg | 2011-06-14 01:34 | 写真展
レイアウトの決定、ロイヤルウェディング/写真展まで39日
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ようやく写真展の壁面レイアウトが決まった。
地震で空白になってしまった1ヶ月がなければ、といまさらながらに思わなくもないが、揺れる毎日の
中でいったいどれだけの準備ができたのだろうかと考えると、それどころではなかったと思う。
今もプリンターからちょこちょことプリントを出していたのだけれど、これは全体の工程 ――
どういう工程かを先に言ってしまうと面白くないので、今はまだ内緒だ ―― から言えば2割ほど。
まだまだ先は長い。
会期までに終わる自信も保証もないが、こういう職人仕事的作業は手を休めずにただ続けて行けば
やがて終わる。そういうものだ。

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ウィリアム王子とケイト・ミドルトンさんの結婚式。
新婦のケイトさん ―― 結婚式後はキャスリーン妃か ―― の美しさに目を惹かれる一方で、
どうしても脳裏に浮かぶのは故ダイアナ元皇太子妃のことだ。
彼女とチャールズ皇太子との結婚式はテレビに釘付けになって見ていた。
本当に美しい人だった。ウィリアム王子の凛々しい軍装にもダイアナ妃の面影が散見できて、
彼女が不幸な事故で亡くなっていなければ、さぞかし喜んだことだろうなと思う。

それにしても人の幸せそうな姿を見ていると、こちらも少しお裾分けをもらったような気がする。
ありがたい。
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by ash1kg | 2011-04-30 01:37 | 写真展
ポストカード、買って下さい/写真展まで47日
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写真展の会場に置くポストカードの準備を始めている。
最終的には、僕は10種類ぐらいを置くつもりでいる。

ポストカードの使い途というと、飾るか、あるいは誰かに宛てて何かを書き、
ポストに投函するかのどちらかだが、願わくば後者であって欲しいと思っている。
メールより不便で、だけどどこかしら親密で、長く手元に残してもらえるような、
そんな気がするのだ。

(クリックすると拡大します)

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by ash1kg | 2011-04-21 23:45 | 写真展
写真展やります
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「-祭- Enjoy camera life」
http://enjoycameralife.net/

2011.6.7~12
LeDeco(渋谷)

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by ash1kg | 2011-04-11 00:59 | 写真展
第2週展示全容
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これが僕に与えられた壁面を埋めた写真達である。

写真展に限ったことではないけれど、「人に見てもらう」という行為の中で僕が気をつけているのは「インパクト」。
技術を見せる。観念を直接的に見えるようにする。自分の美の基準を見せる。ずっとやってきたことの区切りを
見せる。人へ何を見せるか(見てもらうか)は人によってさまざまだ。
その「さまざま」の中から、僕はどうしても「インパクト」を最優先にしたくなる。

音楽に言い換えると、本を作るのはまさに「アルバム作り」に似ていると思う。全体の文脈や前後のつながり、
リズム、分断されないようにしつつ、許容される幅の中での変化を持たせ、最後の頁に向けてダイナミックに
盛り上がっていく様はアルバム作りに似ている。

一方、写真展は「ライブ」だ。
その場限りのもの。終わってしまえば解体され、胡散霧消してしまうもの。
ベストアルバムのようなただの羅列にならないように注意しつつ、全体を一つのパッケージとして考える。
音質の緻密さはCDで聞けば聞ける。ライブではライブでしか聞けないものを提供しなければならないと、僕は
思うのだ。つまりはディテールよりも、その場の迫力優先。そういうことなのだ。

観に来てくれた友人が「グルーブ感があるね」と言ってくれた。
別の友人は「やっぱり写真はウェットでエモーショナルじゃないと」とも。
確かに僕は写真展にそういうモノを求めているんだと思う。本性を覆い隠してまで整えた清潔さよりも、どれだけ
格好悪くても自分をそのまま観てもらう。それで観てくれた人たちの記憶にしばしでも残るなら、僕はそれで良い。

今度の展示、いったいどれぐらいの間、観て戴いた方の記憶に残してもらえるか。
それはそれで、観た側に委ねなければならないと判っているが、できるだけ長く、深く留まれば良いと願っている。

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会期中、たくさんの方に足を止めて観て戴いて、この写真たちは幸福だったと思います。
本当にありがとうございました。
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by ash1kg | 2010-09-15 11:24 | 写真展
折り返し ~ 写真展中日
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写真展の1週目は今日で終わり、来週火曜日からは写真を架け替えて、新しい展示が始まる。
1週目はローライフレックスというカメラの制約、谷根千界隈という撮影場所の制約、大四切というサイズの
制約、手焼きモノクロという手法の制約、余白7.5センチの白のブックマット加工という展示方法の制約、
という定型化した中での展示だった。

こういうフォーマットで写真を展示するのは高校生の時以来だ。
先輩から撮影場所を指示され、テーマを明示され、それに従って撮ったものを指示されたサイズと枚数で
展示する。
当時は何も判らなかったので、「ハイハイ」言いながら素直に作っていたけれど(いまより遙かに自我が
強かったのに良くやったモノだ)、今になってみれば差異をどう作るかということに、頭はまったく向いて
いなかった。

会場に足を運んで戴いた友人・知人からも「こんなルールに縛られるなんて、らしくない」、「似合わない」
というお言葉をたくさん頂戴したけれど(笑)、それはその通りと思いつつ、その中でどうやって「差異」を
創り出すかを試す機会だと思えば、プランを練っている最中も相応に楽しめるものだ。
そして蓋を開けてみれば多くの方から「一人だけ色が違う」「黒い」「目立つ」「迫力がある」というような
言葉を戴き、写真そのものはさておき、展示の演出自体は間違っていなかったのだと感じる。
それが正しいのかどうかはともかく。

来週は展示をすべて入れ替え、完全フリーフォーマットでの展示になる。
僕は今日、地元の祭礼で架け替え作業ができなかったので、火曜日の会場直前から掛け替えをする
ことになっている。
作業時間は2時間を予定しているが、どうなることか。
もし間に合わなかったら、制作過程を見ているのだと広い心で見てやって下さい(笑)。
来週もみなさんのお運びをお待ちしています。


(1週目展示作品/展示と同じ配置です。)
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by ash1kg | 2010-09-05 22:53 | 写真展
本作り ~ 写真展後記
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あれやこれやと言い訳めいた写真展後記を書き連ねてきたけれど、年末もだんだん迫りつつ
あるので、ドタバタが始まる前にケリを付けておこうと思う。

先だって支持率云々のことを書いたが、写真展に参加していながら、僕が一番見てもらいた
かったのはテーブルに置いた私家版の本だった。
初めてお会いする方や、メールで感想を戴いた方から、いちばん多く聞かれたのはやはり本の
ことで、それは嬉しかったのだけれど、ダントツに多かったのは「どうやって作るんですか?」と
いう質問だった。書店に並んでいるものと比べたら粗末な出来ではあったのだが、私家版と
してはかなり作り込んだ本ではある。自信もそれなりにはあったが、これほどまでに多くの
人が本作りに興味を持つとはちょっと予想してなかった。
そんなわけで、本作りのコツや参考になるサイトを紹介して、個別のご質問に対する回答と
させて戴こうと思います。興味のある人はどうぞ。


【本作りのコツ】

1)本作りでまず重要なのは、何と言っても本の構造を知ること。そのためには自分が作りたい
本を見つけることが手っ取り早いです。下記のサイトにある本の構造解説をご覧になり、自宅の
書棚や書店で自分のイメージに近い本を見つけてください。

2)作りたい外観・装丁・サイズの本がみつかったらブックオフへ。内容はどうでも良いので、
厚さやサイズ、構造(ハードカバーだとか、ソフトカバーだとか)の似通った本を探します。
別に古書店ならどこでも良いんだけれど、できるだけ安く入手した方が良いです(経済的に
余裕のある方はこの限りにあらず・笑)。

3)入手した本を分解・解体します。カバーはどれぐらいのサイズの紙を使っているのか、
紙の厚みはどれぐらいか、表紙の構造はどうなっているのか、貼り合わせた紙はどういう
順番に貼られているかなど、バラバラに解剖しながら細かく情報を入手していきます。

4)次に本にする材料(プリントだとか原稿だとか)を揃えます。
プリント類のようにサイズが揃っているものを片面でまとめるならそのままでOKですが、
見開きにしたり、両面にするには紙を選んだりする必要もあります。
僕は写真はフォトショップで加工し、断裁用の「トンボ(イラストレーターでは“トリムマーク”)」を
入れた原紙に貼り込んで、出力しています。

5)材料が揃ったら、実際の作業開始です。
実際の作業工程は下記のWEBサイトが参考になります。
僕みたいに道具にこだわる人は、製本治具を買わずに、自作するのも良いでしょう。
製本には職人的な道具があれこれとあるので、道具好きの人にも面白いものになるかもしれません。
道具はそれぞれのこだわり次第で変わってくると思います。

・bindUp  http://www.geocities.jp/ryou_tanoue/
(上製本から並製本、平綴じまで、製本の工程のほぼすべてが判るありがたいサイト)

・手作り製本ブッキストhttp://www.bookist.co.jp/
(卓上型の製本機の販売サイト。僕の治具はこれを参考に自作しました)

・製本屋さん http://book.geocities.jp/nyytq825/book88/index.html
(こちらの製本機もなかなか良さそうです)

本なんて、所詮は紙を束ねて止めたものでしかないのに、自作した本というのはどこかしら
愛着が湧くから不思議なものです。製本サービスやキット類もたくさんあるけれど、サイズや
ページ数に不満があったり、リングで止めるだけのような製本に「本らしさ」を感じられない方は
自作してみることをお勧めします。
でも何より楽しいのは、本にするためにページの順序を何度も入れ替えているときです。
本という体裁にすると、流れを止めてしまう写真や無駄な写真、別の場所なのに撮り方が
似通っていて使えない写真というものが見えてきて、それが発見につながったりします。
会場などで興味を持って戴いた方、ぜひチャレンジしてみてください。思ったより簡単だと
思いますよ。

...2pics more
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by ash1kg | 2008-12-15 13:05 | 写真展
支持率2% ~ 写真展後記
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現政権の支持率の凋落がニュースになる中、ふと書き漏らしに気が付いたので、記して
おくことにする。

写真展に参加させてもらうと決めた時点で、僕は10代の頃、はじめて教えてもらったネガの
作り方、焼き方で展示する写真を作ってみようと考えていた。
それはスタンダードなやりかたとはずいぶん距離のあるやり方だったし、できあがりがどんな
感じになるのかもある程度は想像できた。黒く、汚い写真になるだろうと。

日頃から綺麗なだけが写真じゃないだろうと思っているところもあるのだが、会場で展示を
するとなると日頃の考えとは別に、見てくれる人たちに全体でどれだけのインパクトを提供
できるかみたいなことも考えてしまって、こんな写真を並べることになった。全員が整った
階調の写真を並べるよりも、どこかに粗く汚いものを配置することでギャップが生まれるのでは
ないかと考えたわけだ。

もちろん多数の人に「きれいですね!」とか「素晴らしい!」と声を掛けてもらいたいのなら、
被写体を選び、推奨される温度できっちりと現像し、2号フィルターあたりで階調を整えて
プリントすればそれなりにきれいなプリントはできる(もちろん僕もやればできる)。でも
そういう支持の高さはいらないかなとぼんやり考えていた。
「カレーやラーメンのような」誰からも嫌われない写真より(この素晴らしい例えはどこかで
拝見したものなのだが、どちらだったか失念してしまった)、アクが強くて、惹かれる人と
毛嫌いする人がはっきりと分かれるような方が気持ちが良いと考えていたのである。食材に
例えるなら豚足やマトンみたいなものだ。

案の定、写真展での好みはしっかり分かれた。インパクトは認めても好きになれないと
いう人もいた。逆に迫力がたまらないと言ってくれた人も。それで良いのだと思う。
数値目標を掲げていたわけではないのだけれど、わざわざ会場まで足を運んで戴ける
という好材料を加味して、トータルで2%ぐらいの人に気に入ってもらえたら良いなと思って
いた。500人の来場者で4人。それぐらいで十分だと。

写真に興味のある人とない人を比べたら、きっと興味のない人は少なくとも50倍ぐらいには
なるんじゃないだろうか。そうすると会期中の2%という発生率は全国にならすと0.04%だ。
日本の人口に当てはめた単純計算では48,000人に相当する。
梅加代さんの写真集「うめめ」は販売部数5万部で、出版界ではニュースになるほどだったのだ。
この会期中の2%、全来場者中の4人という数字は(全然アテにはならないけど)けっこう良い
目安だよなと考えていた。

ちなみに会期中の2%(全国レベルで0.04%)という数字、全世界の人口に当てはめると、
なんと256万人に相当する。496人の来場者が興味を示さなかったとしても、ハナからそれで
いいやと思っていたのには、こんなしょーもない理由があったのだった。


(展示写真より ~ 中古レコード店/青山)


 
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by ash1kg | 2008-12-12 12:24 | 写真展
展示写真より ~ 恵比寿三景
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どれもこれも、僕にとっては見慣れた風景。
写真を撮るために出かけることがないから、必然的に写真に残るのは僕の生活する範囲が
多くなる。
地図の上に写真を載せていって、時系列に線を引いていったら、僕の行動パターンが丸見えに
なるんだろう。
(そんなものを知ってどうするという気がするが)
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by ash1kg | 2008-12-10 00:04 | 写真展



影と光、記憶と個人的な記録
by ash1kg
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