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カテゴリ:写真日記( 691 )
桜、物事の始まりと終わり、引っ越しについて
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今年もソメイヨシノの季節が来て、足早に去っていこうとしている。
それほど熱心にではないけれど、今年も桜のあるところに出くわすたびに写真を撮った。
撮ったからといってどうなるものでもないし、何かを作ろうとしているわけでもなく、ただ今年も桜の季節を過ごしたという記録が積み重なるだけだ。

フェイスブックにしてもインスタグラムにしても、大半のSNS、ブログは桜の写真のオンパレードだ。
桜の花は儚く美しいけれど、さりとて寄った写真を見せられても「そりゃ桜だよね」という以上の感想は持てない。
桜の樹のある風景ならやがては変容するであろう町の記録として遠い未来に意味を持つところだが、もはや桜の花びらは撮り尽くされ、見せつけられすぎて、何か特別なものにはならないのに、とすら思う。


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すっかりさぼりがちになってしまった当ブログだが、存続をどうするべきか、考える時期に来ているようだ。
これまでのものをどうするか、始末に困るのも確かだが、かといってこのまま続けていてもなあという気持ちも半分ぐらいある。
どんなサービスを使ってもいずれは廃れるのかもしれないが、エキサイトという場が今日的にベターなのかどうかも疑問に感じているし。
フェイスブックは現実社会の中で交遊のある人に限ってのやりとりになっているから、オープンな場所というのは持っているべきなのだろうが、果たしてそれは「ここ」なのか?とも思ったり。
飽きっぽく、移り気な僕であるから、どんなところに移ったところでいずれはまた飽きるような予感はするけれど、なんかこのところこの場についての違和感が強くて、少々辟易としている。
まだ検討中ですが、近いうちにどこか別の場所への引っ越しをお伝えすることになるかもしれません。
今のところ最有力なのは「tumblr」です。
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by ash1kg | 2014-04-07 01:39 | 写真日記
36回目のローリング・ストーンズ
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ローリング・ストーンズの14 ON FIREツアー、東京の最終日。
今日で彼らのライブを観るのは36回目。
初めて見たのは1990年のバレンタインデーだった。
あれから24年。いろいろな光景、いろいろなことを思い出した。
そうして僕は今夜もここにいた。そのことが何より嬉しい。
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by ash1kg | 2014-03-07 01:17 | 写真日記
雪中にて
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煙草を買い、珈琲を飲み、暖かな店内で温まったおかげで、切れかけたバッテリーがインジケーター1個分復活したので、風よけに傘をさしても雪まみれになる中、ポツポツと100枚ほど撮って帰宅。

降る雪、路地、モノクロ、ストロボで雪の粒を光らせ、先には通りへ出て家路を急ぐ人。まあなんとも平坦で、平凡で、手垢の付いた薄っぺらい写真だこと。
自分史的にはこういう繰り返しにも意味があるのだとわかってはいるけれど、わざわざこうしてモノクロにする必要などないし、すでに町が変わっていくことがわかってる中で50年先、100年先にもしかしたら意味のある写真だったとしても、それならなおさらカラーで記録しておいた方が良いんじゃねえの?なんてことを思いつつ、わざわざPCでモノクロ化して、まったくペラッペラの、どこかで見たことのある退屈極まりない写真を再生産してしまう。
これがこの先、数を集め、何ものかを指し示すようになるのならばそれでも意味があるのかもしれないけれど、なんと言っても自分にそんな意識が微塵もないのだから、この先などへ一歩たりとも進むことはない。要するにただの自己満足。消費もされなければ消耗もしない「使い途のない風景」だ、まったく。

なんてことを考えつつ、イライラを募らせながら撮っていたら、牛乳を買って帰るのを忘れた。
悔しすぎる。


 
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by ash1kg | 2014-02-14 22:53 | 写真日記
ホノルル食堂
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by ash1kg | 2014-02-14 14:00 | 写真日記
「美しき海女」大崎映晋写真展
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50年前の海女さんを撮影した「美しき海女」大崎映晋写真展。
1階の「かみ屋」さんの店内や地下のギャラリーに向かう踊り場に展示してあるのはデジタル処理したもののそうだが、ギャラリー内は当時のネガからのリプリントとのこと。
ネガの劣化で傷やムラもあったけれど(撮影した大崎さんは研究者で、写真も作品ではなく、論文などの補足資料という位置付けだったそうだ)、そんなものはどうでもよく思える海女さんの迫力と美しさ。
撮影された海(場所は失念)は海女さんは日本でいちばん深いところまで潜る海だそうで、ギャラリー奥の展示写真は深海50mクラスとのこと。当時は防水のハウジングもなく、木の貼り合わせの部分に蝋を詰めて防水加工した箱を使っていたらしい。
不思議だったのは照明をどうしたんだろうかという点。深度の浅いところは太陽光だろうけど、日がさしてないところもちゃんと写ってたんだよなあ。
ま、そんなところもどうでも良いくらい裸体で漁をする海女さんたちの姿の美しさに惹きつけられてしまった。
記録ってすごいねえ。

KAMIYA ART Gallery
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by ash1kg | 2014-01-29 01:01 | 写真日記
よく眠れる部屋
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今朝起きたときからちょっと風邪気味で、悪化させるわけにもいかないので(僕は扁桃肥大なのですぐに熱を出す)、今日は寝たり起きたりを繰り返していた。

あと2週間ほどでこの部屋に引っ越してきてあと3ヶ月になる。
部屋にはそれぞれ特性があるものだけれど、この部屋はとにかく眠れる。旧市街の部屋 ―― 前に住んでいた町のこと。なにせ今の住まいと歩いて10分ほどなので、新市街、旧市街と呼んでいる ―― は狭い道ながらも人や車の往来、酔客の声が聞こえてくるようなところだったので、「誰か」の気配が常にあった。
それに比べて新市街の今の部屋は通りから数メートル入っているだけにもかかわらず、袋小路の入りかけのせいか往来も少ない。それだけ静かなのだけれど、いささか静かすぎて落ち着かないところもある。

その静けさが眠れる要因なのかなとも思うのだが、なんだかそれだけではないような気がしなくもない。もちろんスーパーナチュラル的なことを言ってるのではなく、昔から言われている「家相」のようなものがあるような気がすごくするのだ(もちろん何の根拠もない)。
10代20代ならともかく、あと半年と少しで50歳にならんとするおっさんが毎日8時間も9時間も平気で眠れてしまうのだから、訝しく思って当然だ。この歳でこんなに眠っていたら、真っ先に身体の具合を心配したくなる。
狭さは心地よいのだけれど、あんまり長居をする部屋ではなさそうだ。2~3年住んだらまた引っ越すかなあ(またごく近所に)。
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by ash1kg | 2014-01-11 01:18 | 写真日記
中吊り広告
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今日、電車で目黒まで出る途中、中吊り広告で奈良の当麻寺の天部像を見た。
仏像拝観がちょっとしたブームになっているけれど、僕は菩薩や如来といった仏像そのものよりもガードマンのような、SPのような天部像の猛々しさの方が好きで、今日も中吊りに目が止まったというわけだ。

昔から中吊り広告というのはある。学生の頃には中吊り広告を交換するアルバイトもやった。デザインは洗練されてきただろうし、広告を出す会社も変化しただろうが、車中を眺めてみると20年前、30年前とそれほど大きく変わっていないように思う。ゴシップ誌のエキセントリックな見出しも、セールの告知も、新刊書の案内も。
それはもしかしたら中吊り広告がすでにもっとも効果的な領域に達している完成されたモノだからなのかもしれないし、乗客の興味を惹くための最も効率的な形になっているからなのかもしれない。

大阪の電車の中には中吊り広告が下がっているところにV字のモニターが取り付けられていて、東京ではドアの上に付けられているような映像広告を流しているものもあるけれど、この先は有機ELみたいなモノを使ったデジタルサイネージの広告が増えていくんだろう。
でもそこまでやるなら、ただ単に広告にしておくんじゃあまりにつまらない。
若手の映像クリエイターと企業がタイアップして駅間2分の映像広告作品を流すとか、そういうふうに進んでいったら楽しいのになあ、と思う。山手線を半周すると見られる短編映画とか。品川から乗車のお客様は2号車、浜松町からご乗車のお客様は4号車に乗れば最初から見られます、みたいな。
そうなると電車もただの移動手段じゃなくなってくる。新たな娯楽の場所のような。
鉄道ファンとの抗争が起きるとか、なかなか面白そうだ。
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by ash1kg | 2014-01-07 00:58 | 写真日記
七福神巡り
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昨晩から急に読書癖が再発し、今日は部屋から一歩も出ないで読書三昧。合計6冊の本を読んで、中毒症状は落ち着いた感じだ。

昨日は正月らしいことをしてみようと、旧東海道の七福神巡りに行ってきた。
いま風に言えばスタンプラリーで、娯楽の少なかった時代に正月の縁起担ぎを兼ねた恒例のイベントだったんだろう。それも当時はちゃんとした色紙などではなく、おそらくはただの半紙で。子供から年寄りまで、元旦の昼間に七福神の朱印を集めてまわり、7つの朱印が押された半紙を枕の下に入れて初夢を見る。そんな姿を想像した。
神社仏閣にしてみれば利益分配のための集金システムであるし、元旦早々一稼ぎというところだったんだろう。

北品川の品川神社からスタートして最後は鈴ヶ森の刑場の先、大森海岸駅近くの磐井神社まで約2時間のコース。なかなか面白かったし、部屋に飾ればなにやら縁起が良さそうにも見える。
来年は別の七福神でも巡ってみるかと考えている自分のあまりの気の早さに呆れている。
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by ash1kg | 2014-01-06 02:37 | 写真日記
年頭につきご挨拶
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皆様良い正月をお過ごしでしょうか。
本年喪中につき、新年のご挨拶は控えさせていただいています。
と言ってもすでに父が他界してからは4ヶ月近くが経ち、物忌みの期間も過ぎたので、寺や神社に初詣に出かけても差し支えはない時期になっています。
喪中は1年間続きますので、慣習として新年の挨拶や正月飾りなどは一切控えて、地味で簡素で、およそ正月感のない正月を過ごしています。
今年も皆さんに多くの福が集まりますよう、祈念しております。
今年もよろしくお願いします。
(去年はサボりすぎたので、今年は心を入れ替えて、できるだけ更新するよう頑張ります・笑)
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by ash1kg | 2014-01-04 01:55 | 写真日記
オニヤンマ ~ 2013年、記憶に残ったこと
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今年もフェイスブックにポストする方が圧倒的に多くて、ブログへのエントリーは飛び飛びになってしまった。
ついつい簡単な方へ書いてしまうことは多いに反省しなければならない点だ。
気が付いたのは、フェイスブックのように読む人の顔が見えるのと、このブログのように「たまたま」通りかかってくれた人のようなネットならではの環境では、テキストを書くときに気の使い方が変わるということ。
好き勝手に書くのが身上とはいえ、そこにだってちゃんと限度も節度もある。この匙加減がなかなか難しい。
だからといって言いたいことを曲げたり、考えていることと正反対のことを書く気などさらさらないのだが。

例年、暮れのこの時期には1年間で記憶に残ったことを書いている。
今年も同じように今年を振り返って書こうと思ったのだが、今年は9月に死んだ父のこと以外思い出すことがほとんどない。

9月7日の午前2時に父を看取った母から電話があった。仕事で週の半分を過ごしていた福島・いわきのビジネスホテルの部屋で僕は父の死を知った。
前日(というか、要するにその日の昼間だ)、仕事をしていたギャラリーの屋上でオニヤンマの死骸を見つけた。
トンボの死骸というのは鳥の餌にでもなるのか、あまり眼にしたことがなく、ましてやオニヤンマの死骸など見るのは初めてだった。父の病状はすでに最終ステージまで進んでいて、命があと何週間ももつことはないことはすでに明白だった。それだけにオニヤンマの死骸は何やら象徴的に見えて、「これが虫の知らせというヤツかな?」などと冗談めいたことを考えていた。もちろんその日の夜中に母からの電話が来るとは思いもせず。

父の葬式が済み、家の中に奇妙な静寂が戻った日、庭に止まったまま動かない赤トンボが一匹いるのを見つけた。近づいても逃げることもなければ、ときおり飛び上がっては本当に小さな輪を描いて、またすぐに戻ってくる。その様子を見た途端、1週間前に見つけたオニヤンマのことを思い出し、「ああこれは父なのだ」と何の根拠もなく理解した。父はトンボの眼を借りて庭からの眺めを慈しむように眺めている。そんなふうに見えた。

「息子が父親を亡くすのは思いのほかきついぞ」と、高校時代の仲間に言われてはいたが、彼に言われていた以上に堪える出来事だった。
死は誰にでも必ず起こり、誰もが経験することだ。一連のドタバタが終わったところで、僕はフェイスブックで父親の死を「どこにでもある平凡な死」と書いた。
でも僕個人にとってはこれ以上ないほどに特別な出来事だったし、自分が思っていた以上に父は大きな存在だった。でもそのことに気が付いたのは父が1kgの灰になってしまってからのことだ。

孝行したいときに親はなし。まさにその通り。僕もことわざの一片となって、感謝と後悔で全身が埋め尽くされるほどだった。
それでも微かに救われるのは、僕が店を構えて商売をしようと考えていることを父に伝えられたこと、父がそのことに納得し、賛意も示し、死ぬ10日前に「心得」のようなものまで教えてくれたということ。
父自身も、息子の僕も、先がないことについては納得ずくだったところがあったが、それ以上に新しい商売のことをネタに僕は父との最期の時間を十分に分かち合えた。

久しぶりの大阪でお会いした皆さんにも気遣っていただいたし、日頃からやりとりをしている友人たちにも励ましてもらった。実際に会って話をするときはもちろん、SNSのやりとりでも僕はずいぶんと助けてもらったと思っている。
父のことをフェイスブックに書き、友人たちが書いてくれたコメントや「いいね!」の数は、父も目にしていて、ほとんど食事もせず、水分も摂らないまま、癌患者そのもののように痩せこけてしまった身だというのに、「おお、オレもけっこう人気あるな」などと最後まで笑っていた。本当にありがとうございました。

そして今年30年ぶりに顔を合わせた高校の同級生たちには本当に救われた。彼らの直截で遠慮のないやりとりは僕が作ってしまいそうになる壁を軽々と乗り越え、突き破ってくれたし、彼らとの時間を持てたことがあの時点で僕が身動きが取れないほどに落ち込まずに済んだいちばんの要因だと思っている。

こうして振り返ってみれば周囲への感謝ばかりの一年だった。
そのことに気付かせてくれたのもまた父親だったのだから、やはり親というのはすごい。
皆さん、本当にお世話になりました。
来年が良い年になりますように。
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by ash1kg | 2013-12-31 00:45 | 写真日記



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