Top
年頭につきご挨拶
c0123210_149370.jpg


皆様良い正月をお過ごしでしょうか。
本年喪中につき、新年のご挨拶は控えさせていただいています。
と言ってもすでに父が他界してからは4ヶ月近くが経ち、物忌みの期間も過ぎたので、寺や神社に初詣に出かけても差し支えはない時期になっています。
喪中は1年間続きますので、慣習として新年の挨拶や正月飾りなどは一切控えて、地味で簡素で、およそ正月感のない正月を過ごしています。
今年も皆さんに多くの福が集まりますよう、祈念しております。
今年もよろしくお願いします。
(去年はサボりすぎたので、今年は心を入れ替えて、できるだけ更新するよう頑張ります・笑)
[PR]
# by ash1kg | 2014-01-04 01:55 | 写真日記
オニヤンマ ~ 2013年、記憶に残ったこと
c0123210_23475428.jpg

c0123210_03153100.jpg


今年もフェイスブックにポストする方が圧倒的に多くて、ブログへのエントリーは飛び飛びになってしまった。
ついつい簡単な方へ書いてしまうことは多いに反省しなければならない点だ。
気が付いたのは、フェイスブックのように読む人の顔が見えるのと、このブログのように「たまたま」通りかかってくれた人のようなネットならではの環境では、テキストを書くときに気の使い方が変わるということ。
好き勝手に書くのが身上とはいえ、そこにだってちゃんと限度も節度もある。この匙加減がなかなか難しい。
だからといって言いたいことを曲げたり、考えていることと正反対のことを書く気などさらさらないのだが。

例年、暮れのこの時期には1年間で記憶に残ったことを書いている。
今年も同じように今年を振り返って書こうと思ったのだが、今年は9月に死んだ父のこと以外思い出すことがほとんどない。

9月7日の午前2時に父を看取った母から電話があった。仕事で週の半分を過ごしていた福島・いわきのビジネスホテルの部屋で僕は父の死を知った。
前日(というか、要するにその日の昼間だ)、仕事をしていたギャラリーの屋上でオニヤンマの死骸を見つけた。
トンボの死骸というのは鳥の餌にでもなるのか、あまり眼にしたことがなく、ましてやオニヤンマの死骸など見るのは初めてだった。父の病状はすでに最終ステージまで進んでいて、命があと何週間ももつことはないことはすでに明白だった。それだけにオニヤンマの死骸は何やら象徴的に見えて、「これが虫の知らせというヤツかな?」などと冗談めいたことを考えていた。もちろんその日の夜中に母からの電話が来るとは思いもせず。

父の葬式が済み、家の中に奇妙な静寂が戻った日、庭に止まったまま動かない赤トンボが一匹いるのを見つけた。近づいても逃げることもなければ、ときおり飛び上がっては本当に小さな輪を描いて、またすぐに戻ってくる。その様子を見た途端、1週間前に見つけたオニヤンマのことを思い出し、「ああこれは父なのだ」と何の根拠もなく理解した。父はトンボの眼を借りて庭からの眺めを慈しむように眺めている。そんなふうに見えた。

「息子が父親を亡くすのは思いのほかきついぞ」と、高校時代の仲間に言われてはいたが、彼に言われていた以上に堪える出来事だった。
死は誰にでも必ず起こり、誰もが経験することだ。一連のドタバタが終わったところで、僕はフェイスブックで父親の死を「どこにでもある平凡な死」と書いた。
でも僕個人にとってはこれ以上ないほどに特別な出来事だったし、自分が思っていた以上に父は大きな存在だった。でもそのことに気が付いたのは父が1kgの灰になってしまってからのことだ。

孝行したいときに親はなし。まさにその通り。僕もことわざの一片となって、感謝と後悔で全身が埋め尽くされるほどだった。
それでも微かに救われるのは、僕が店を構えて商売をしようと考えていることを父に伝えられたこと、父がそのことに納得し、賛意も示し、死ぬ10日前に「心得」のようなものまで教えてくれたということ。
父自身も、息子の僕も、先がないことについては納得ずくだったところがあったが、それ以上に新しい商売のことをネタに僕は父との最期の時間を十分に分かち合えた。

久しぶりの大阪でお会いした皆さんにも気遣っていただいたし、日頃からやりとりをしている友人たちにも励ましてもらった。実際に会って話をするときはもちろん、SNSのやりとりでも僕はずいぶんと助けてもらったと思っている。
父のことをフェイスブックに書き、友人たちが書いてくれたコメントや「いいね!」の数は、父も目にしていて、ほとんど食事もせず、水分も摂らないまま、癌患者そのもののように痩せこけてしまった身だというのに、「おお、オレもけっこう人気あるな」などと最後まで笑っていた。本当にありがとうございました。

そして今年30年ぶりに顔を合わせた高校の同級生たちには本当に救われた。彼らの直截で遠慮のないやりとりは僕が作ってしまいそうになる壁を軽々と乗り越え、突き破ってくれたし、彼らとの時間を持てたことがあの時点で僕が身動きが取れないほどに落ち込まずに済んだいちばんの要因だと思っている。

こうして振り返ってみれば周囲への感謝ばかりの一年だった。
そのことに気付かせてくれたのもまた父親だったのだから、やはり親というのはすごい。
皆さん、本当にお世話になりました。
来年が良い年になりますように。
[PR]
# by ash1kg | 2013-12-31 00:45 | 写真日記
写真が記憶と結びついていない
c0123210_11414426.jpg

特別な理由はないのだが、旧市街から引っ越して以来、写真を見返すことが激減している。
会社を興したり、店を構えるために友人知人にお願いをして回ったり、現実と競争することでいっぱいいっぱいになっていたからだろう。
同時に、写真というのは心に余裕がなければ撮ることも見ることもできにくいモノなのかもしれないとも思っている。
クリスマスが終わり、気分がいくらか年末モードになってきたのか、毎年12月のクリスマス明けぐらいって何をしていたんだろうと思って、過去の12月に撮った写真を眺めながら自分が何をやっていたのかを振り返っていた。

音楽は当時聞いていた曲をたまたま耳にしただけでも何十年か前の出来事が甦ることが多い。
僕の場合は数冊の小説についても同じことが言える。表紙やタイトルを眼にするだけで、その小説を読んでいたときのシチュエーションを思い出すことがある。記憶と強く結びついているということだ。

こういう記憶のフラッシュバックって写真や絵では起きないなあ、とふと気付いた。
もちろん自分で撮った写真は行為と記憶が同時発生しているのだから、多かれ少なかれ記憶と結びつくのだが、自分以外の誰かの写真がその時の記憶と結びついているというのは、僕の場合はほとんどゼロだ。
誰かと見に行く、話をするなど、記憶を共有したり、写真を見ることとは別の出来事があればまた違うのかもしれないけれど、僕はいつもだいたい一人だし、さーっと行ってさーっと返ってきてしまうから余計にそうなのかもしれない。

3年前の暮れ、僕は友人たちと中野で会っていた。
その時に初対面だった友人からカメラを借りたままになっていることに、この写真を見て気付いた。
写真を見て思い出すというのはこういうこと。自分以外の誰かの写真であっても同じことが起きるんだろうか。
[PR]
# by ash1kg | 2013-12-27 11:44 | 写真日記



影と光、記憶と個人的な記録
by ash1kg
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
My Web Site
Rm.303

Bookmarks


ash1kg - Flickriver

以前の記事
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
more...
カテゴリ
全体
写真日記
Daily Snap
Book
記録
日々雑感
写真展感想
読書メモ
Rough Side
徒歩15分の放浪
Smooth Side
寫眞萬手控
HOLGA
寫眞昔日談
写真展
Colors
Non-class
Hawaii
chicago
新宿
T01
Text Only
非公開
今日の日記
未分類
タグ
(29)
(29)
(16)
(12)
(9)
(8)
(6)
(5)
(5)
(4)
その他のジャンル
ブログパーツ
  • 写真/画像の無断使用禁止
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧