Top
タグ:写真展 ( 29 ) タグの人気記事
Happy Birthday, Keith!
c0123210_22285838.jpg


今日12月18日はキース・リチャーズの65回目の誕生日。
「一番最初に命を落とすアーティスト」の1位に何度となく選ばれながら、2008年の今まで
しぶとく生き延びてくれたことが奇跡のように思える。
写真に関してはこれまで憧れたり、目標にした人はただの一人としていない。その代わりの
手本や見本となり、指針となってくれたのが北斎や広重、そしてキースなのだ。

ローリング・ストーンズの凄さというのはロックバンドという、ある種の年齢制限があるような
職業を一度も止まることなく続けてきたことにあるように思われがちだ。でもそれはちょっと
だけ違うと僕は思う。彼らの一番の凄さは、60歳をとうに超えた今になっても彼ら自身が
ローリング・ストーンズであることに少しの迷いもないことにあるのだ。

だからといってローリング・ストーンズらしさを自分たちで規定するわけでも、ローリング・
ストーンズらしくあろうとするわけでもなく、ただ曲を書き、人前で演奏し、何より音楽に
ドップリと浸かっているだけだ。
昔、千利休が茶について「湯を沸かし、茶を点て、喫す」と言ったそうだが、ストーンズ
―― 特にキースはそんな境地にまで辿り着いてしまっているようにすら思う。「ただギターを
提げて、弾くだけだ」と。

写真展が終わってはや2週間以上。
振り返れば僅かな達成感と満足感、そして呆れるぐらいの課題が山積している。
それらは適切な速度で解決されていかなければならないのだが、解決のためにはもう一度、
自分と写真との関係や、写真に対するスタンスについて根底から考える必要がありそうで
ある。僕はコンパクトカメラを振り回して、多くのフィルムを消費しているが、それだけでは
どうも望んだ場所にまでは届きそうにないのだ。

いま、カメラを1台、物色している。撮り方も、撮る目的もまるっきり違うようなシロモノだ。
周りが見たら「なんでそんなカメラを?」と訝しく思うかも知れない。でも僕にしてみれば
その1台は、キースが使うギブソンのES-355みたいなものだ。
キースはこれまでの45年間、なんでもかんでも6弦を外したオープンGチューニングの
テレキャスターを弾いてきたわけではないのだ。

-------------------

写真は、壁面の右端に置いたもの。
どうしてこの写真を置いたのか、もちろん説明しようとすればできるけれど、それを語るのは
あまりに格好悪いので、秘密にしておこうと思う。
この写真を置いたのには、3つほどちゃんとした理由がある。それは、3つの理由の最大
公約数がこの写真になったと言ってもおかしくないくらいちゃんとした理由だ。
写真展後記はこれにて完了。


 
[PR]
by ash1kg | 2008-12-18 22:31 | Smooth Side
支持率2% ~ 写真展後記
c0123210_12213742.jpg


現政権の支持率の凋落がニュースになる中、ふと書き漏らしに気が付いたので、記して
おくことにする。

写真展に参加させてもらうと決めた時点で、僕は10代の頃、はじめて教えてもらったネガの
作り方、焼き方で展示する写真を作ってみようと考えていた。
それはスタンダードなやりかたとはずいぶん距離のあるやり方だったし、できあがりがどんな
感じになるのかもある程度は想像できた。黒く、汚い写真になるだろうと。

日頃から綺麗なだけが写真じゃないだろうと思っているところもあるのだが、会場で展示を
するとなると日頃の考えとは別に、見てくれる人たちに全体でどれだけのインパクトを提供
できるかみたいなことも考えてしまって、こんな写真を並べることになった。全員が整った
階調の写真を並べるよりも、どこかに粗く汚いものを配置することでギャップが生まれるのでは
ないかと考えたわけだ。

もちろん多数の人に「きれいですね!」とか「素晴らしい!」と声を掛けてもらいたいのなら、
被写体を選び、推奨される温度できっちりと現像し、2号フィルターあたりで階調を整えて
プリントすればそれなりにきれいなプリントはできる(もちろん僕もやればできる)。でも
そういう支持の高さはいらないかなとぼんやり考えていた。
「カレーやラーメンのような」誰からも嫌われない写真より(この素晴らしい例えはどこかで
拝見したものなのだが、どちらだったか失念してしまった)、アクが強くて、惹かれる人と
毛嫌いする人がはっきりと分かれるような方が気持ちが良いと考えていたのである。食材に
例えるなら豚足やマトンみたいなものだ。

案の定、写真展での好みはしっかり分かれた。インパクトは認めても好きになれないと
いう人もいた。逆に迫力がたまらないと言ってくれた人も。それで良いのだと思う。
数値目標を掲げていたわけではないのだけれど、わざわざ会場まで足を運んで戴ける
という好材料を加味して、トータルで2%ぐらいの人に気に入ってもらえたら良いなと思って
いた。500人の来場者で4人。それぐらいで十分だと。

写真に興味のある人とない人を比べたら、きっと興味のない人は少なくとも50倍ぐらいには
なるんじゃないだろうか。そうすると会期中の2%という発生率は全国にならすと0.04%だ。
日本の人口に当てはめた単純計算では48,000人に相当する。
梅加代さんの写真集「うめめ」は販売部数5万部で、出版界ではニュースになるほどだったのだ。
この会期中の2%、全来場者中の4人という数字は(全然アテにはならないけど)けっこう良い
目安だよなと考えていた。

ちなみに会期中の2%(全国レベルで0.04%)という数字、全世界の人口に当てはめると、
なんと256万人に相当する。496人の来場者が興味を示さなかったとしても、ハナからそれで
いいやと思っていたのには、こんなしょーもない理由があったのだった。


(展示写真より ~ 中古レコード店/青山)


 
[PR]
by ash1kg | 2008-12-12 12:24 | 写真展
展示写真より
c0123210_21493566.jpg


以前、僕が運営していたWEBサイトを立ち上げたそもそものきっかけは、写真を材料に
ある実験をしたかったからだ。
それは面倒くさく言えば「間テクスト性」の逆説的な検証作業とでもなるのだろうか。
写真1枚1枚を独立したテクストだとして、それが複数の集合体になったとき、鑑賞者は
それぞれのテクストの間に本来存在しない関係性を勝手に想像(創造)してしまうのでは
ないか、というものだ。
WEBサイトではある種の手応えを感じていたのだが、そもそもWEBのような構造体を
僕自身があまり信用していないということもあって、今回の写真展は目の前で仮定を
検証する良い機会だったわけだ。

そうして僕は半分は自分の興味のため、もう一つは見て戴く方へのサービスとして短い
文章を記したリーフレットを作った。
「芸術作品の意味は作品ではなく鑑賞者の側にある」というようなことを言っていたロラン・
バルトのことを思いだし、であるならば、鑑賞者の側にテクストで良心的な先入観を刷り込む
ことができれば、それが事後的であっても、写真の間に作り出されるかも知れない関係性に
加えて、もしかしたら壁面の写真全体を一つのテクストと捉えて、リーフレットの文章(テクスト)
との間にもまた別の関係性が作り出されるのではないかと考えたのだ。

------------------------

写真は展示壁中央の上部に置いたモノ。
カメラを持ったまま歩いていたときにシャッターを押してしまったらしく、現像してみたら写って
いたという意味も意志も欠片もない写真。しかもプリントはウラ焼きという情けなさ。
それでもこちらが言わなければ「そういうものだ」と理解されてしまう写真の怖さを再確認できた1枚。
[PR]
by ash1kg | 2008-12-08 22:06 | 写真展
展示写真より
c0123210_21524455.jpg



--------------------------------

散歩は僕にとってごく平凡な日常的作業の一つになっているのだけれど、
たいていのときは考え事をしながらあるいていることが多くて、ろくすっぽ周りを見ていない。
こんがらがった頭の中を整理するには散歩は最適なのだが、せっかくあちこち歩いているのに
見逃しているモノが多くてもったいないなあと思うこともある。

あるとき、代官山の裏路地をウロウロしていたら、突然ポップな街には別世界の廃屋に
行き当たった。
どれだけの期間、朽ちたままでいるのだろうと思うほどの廃屋 ―― 廃屋の見本というものが
あるとしたら、それは実に良い見本になるだろうというほど見事な廃屋だった ―― には、当然の
ことながら人の姿はない。

廃屋の先に1台の車が目に入った。
それは廃屋に勝るとも劣らぬほど見事な廃車だった。
[PR]
by ash1kg | 2008-12-05 22:16 | 写真展
展示写真より
c0123210_22263122.jpg



今回の展示の中で一番引き受け手があった写真。



本当はもっと展示の種明かしでもしようかと思ったのだけれど、すでに通り過ぎたことを
後出しジャンケンみたいにあれこれ書いても格好悪いので、やめておきます(笑)
[PR]
by ash1kg | 2008-12-03 22:29 | 写真展
変化ナシ ~ 写真展後記
c0123210_1953397.jpg


今回の展示でいくつかの仕掛けを施していたのだけれど、そのうちの一つは非常に個人的な
興味を満たすためのものだった。
展示には小全紙24枚と20センチ角に切り出した小さな写真が一枚 ―― この小さな1枚に
ついてはいずれ書くこともあると思う ―― という構成だったのだが、右上に置いた1枚だけは
ここ数年の間に撮ったモノではない。
他の23枚はどれも40歳を超えてから撮ったモノだ。しかし右上の1枚だけは18歳の時に
撮った写真。ざっと四半世紀の時間的差異があるというわけだ。

肉体的には立派な中年のオッサンであるわけだが、自分の内面的なモノの多くは18歳の頃と
たいして変わっていないという感じがある。そのギャップに自分でも困り果てることもあるのだ
けれど、それでも25年という時間は確実に経過しているのだ。自分では自覚していない変化とは
どんなものなのか、両者を並べてみればそのヒントが視覚化できるのではないかと思ったわけ
である。

結果から言うと、18歳の時の写真と40を超えてからの写真にそれほどの差異はなかった。
正直に言えば馴染みすぎていて、僕が言わなければ見ている方にも判別はできなかった。
当時の僕が老成していたのか、今の僕があまりにガキなのか。
はたまた「三つ子の魂百まで」ではないが、年齢を重ねても見るモノはそれほどダイナミックに
変化しないということか。いずれにしても「変化ナシ」という事実を壁面から宣告されたようで、
この25年間は何だったんだろうとちょっとだけ凹んだのであった。


(展示写真より)
[PR]
by ash1kg | 2008-12-02 20:02 | 写真展
会場点景
c0123210_204046.jpg

c0123210_20402415.jpg

c0123210_20405353.jpg

c0123210_20411792.jpg

c0123210_20413547.jpg

c0123210_20415948.jpg

c0123210_20422137.jpg

[PR]
by ash1kg | 2008-12-01 20:43 | 写真展
「遊」~enjoy camera life 残り1日
c0123210_0243465.jpg


写真展5日目。
週末ということもあって、友人・知人をはじめ大勢の方にご来場戴きました。
ありがとうございました。

写真は撮るだけではダメで、フィルムを現像して、プリントを作ってナンボだと言ってきたが、
25年ぶりにまともに他人様に写真を見せてみて、ああ、こりゃ見せなきゃどうにもなんねえなと
思い始めている。
もっとも見せることで帰ってくる評価に一喜一憂してはしょうがないのだろうとも思うが、いずれに
しても自分以外の誰かが見たときにどんな反応を示してくれるのかを知るには、実際にそういう
機会を作る以外に手はないのだ。よく言えば情報収集、酷い言い方をすれば観察。そういった
ものが写真には必要なのだと思う。

多くの人にまんべんなく好まれる写真でないことは自分が一番良く判っているし、この自分が
まんべんなく好まれるようなモノを作ったとしたら、作ろうとした時点で相当に気持ちが悪いと
思っているので、「なんだか判らないけどガツンとくる」ようなモノを作れないかなと考えてきた。
スタート・ミー・アップの最初に弾かれるたった1つのコードのような、さして上手くはないのに、
なぜか聞くたびに蹴りを入れられるキース・リチャーズのギターのようなモノをだ。

これまでに会場においで下さった方、今日お会いした方から嬉しい言葉をいくつも戴いた。
ある意味では何度も考えた上での戦術が功を奏したとも言える。でもそれはグループ展という
バランスを醸成する下地がある強みの上に成り立っているものでもある。
もちろん戸惑うほど嬉しいが、それを鵜呑みにしてはダメなんだろうなとも思う。
謙虚とかそういうことではなく、徹底的に疑い抜かなくては行き止まりになってしまうのでは
ないかという恐怖感がなせるワザである。
でも「インパクトがある」「ビックリした」「迫力がある」という数々のご感想、ありがたく頂戴致しました。

明日は最終日。
やっていることも向いている方向も全然違うのに、可笑しいほど整った雰囲気を醸し出す会場へ
是非足を運んで戴きたいと思います。明日17時までやっています。


里親、さらに4枚決まりました。ありがとうございました。


追:展示した写真は持ち帰ればただのゴミとして廃棄しますので、明日ご来場戴いた方で
引き取って戴ける方がいらっしゃれば、17時の会期終了時にお渡しします。お声掛け下さい。
[PR]
by ash1kg | 2008-11-30 00:26 | 写真展
4日目~距離感
c0123210_1383799.jpg


写真展4日目。今日も多くの方にご来場いただきました。ありがとうございました。

展示する側というのは飾ってしまえばさほどやることもなく、来場する方のお相手をさせて戴く
ことがほとんどになってしまうのだけれど、僕は計画段階の時から来場した方がどう動くのか、
どういった距離で写真を見るのかを観察するのを楽しみにしていた。
平日の比較的すいている状態の方が動きに制約がない分、自由に見て回られるのだろうと
ここ数日、ウォッチを続けていたのだが、予想していたよりもずっと写真に近いところに立たれる
方が多くて、これは意外だった。総括的に言うなら、全体を眺めるよりも、1点1点をじっくり見る
方が多いということだ。

どこかで似たような風景を見たなあを考えていたら、美術館で開催される特別展の様子と
今回の展示を見て戴いている距離感は実によく似ている。混雑する中でしかなかなか見られない
という日本の鑑賞スタイルが先入観となっているのかあと考えるのだった。

僕が思う今回の展示の適性距離は2~3メートルぐらいである。週末は多少の混雑も予想され、
なかなかその距離で見ることは難しいと思うのだけれど、近寄ったり離れたり、いろいろな距離
からぜひ見て戴きたいものだと思っている。
[PR]
by ash1kg | 2008-11-29 01:53 | 写真展
本日スタート
c0123210_2323442.jpg


「『遊』~enjoy camera life/写真・9人展」 が今日からスタートした。
仕事を終えた後、用事を一つ片付けてから会場に立ち寄ったのだが、終了間際 ―― しかも
三連休明けの週の初め ―― だというのに会場内にはまだ何人もの方がいらっしゃって、少々
驚いた(実際のところ、僕が行く頃には空っぽになってるだろうと思っていた)。

すべてが手焼きということもあって、暗室で写真を作ったときに一度達成感を味わっているので、
写真展が始まったからといって特別な達成感や感慨はない。つまらないヤツだと思われても
仕方がないが、誰がどう見るかということについてはさほど興味がないのだ。

会場に行ったらどっしり腰を据えて何やら持論を展開している2人組の爺さんがいて、きっと
誰かの知り合いなのだろうと思って遠巻きに眺めていたのだが、一人一人の写真をあれやこれやと
言いたいように言っている。僕の写真については「生々しく撮れば良いと思ってる。あんなのはダメだ」
みたいなことを言っていて、僕は思わず笑ってしまった。

写真展に限らず絵画や彫刻、版画などでも、展示会を開くとタダ酒かっくらって、言いたいことを
言うだけ言って帰るというドあほうが必ずいるのだという。
僕の写真に関するコメントについて言えば、それはもう見事なぐらいに僕の考えた術中にはまって
いるので、苦笑以外にしようがなかったのだけれど、滔々と並べ立てた愚にも付かない評論を
「元写真家」氏は正論中の正論だと信じ込んでいるふうであった。キース・リチャーズが判事に
向かって言った言葉を借りて、「下らないモラルの押しつけはよせよ」というにはピッタリすぎる
シチュエーションだ。

写真にルールはない。どれが良くて、どれが悪いということもない。あるのは好きか嫌いかだけ
である。ひずんだギターの音よりもバイオリンの方が好きだとか、ブイヤベースよりも澄んだコンソメ
スープの方が好きだとかというのと差して変わりがない。トム・ウェイツの声がパバロッティのように
豊富でヴォリュームのある声だったら幻滅するに違いないし、皿の底が見えるように透き通った
ミネストローネなど食べたくはない。傾聴すべき感想は善し悪しではなく、好き嫌いなのだ。

出展者それぞれのネームカードや、ブックを置いてあるテーブルに携帯で読み取れる「QRコード」
というものを置いた。QRコードを読み込むとメールアドレスが表示されるようになっている。
見たその場で感想ノートに書かなくても、あとでゆっくり感想をお書き下さいという仕掛けだ。

良し悪しの基準はひとそれぞれなので、それに合わせることなど到底できないけれど、見た印象や
どの写真が好きで、どの写真が好きになれなかったというような感想は、僕はもちろん、他の
出展者もありがたく頂戴すると思います。
ご来場いただいた方には、ぜひ感想をメールでお送り戴きたいと思います。

追記:写真を差し上げるという話ですが、2枚の写真で里親が決まりました。ありがとうございます(笑)。


(写真は展示に使わなかった、いわばアウトテイクです。会期終了までアウトテイクのアップが続く予定です)
[PR]
by ash1kg | 2008-11-25 23:05 | 写真展



影と光、記憶と個人的な記録
by ash1kg
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31