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写真展「FUKUSHIMARCH / 3 months later」 / 私的な記録 / 自分には撮れないもの
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先週の土曜日、写真を介したお付き合いをしている写真家、渡部敏哉さんの写真展にお邪魔してきた。
写真展のタイトルは「FUKUSHIMARCH」。
渡部さんは浪江町の出身で、発災3ヶ月後の一時帰宅の際にご自身の生まれ育った場所やご実家を撮影した写真を発表している。

写真の持っている一つの側面は「記録」ということなのだと僕は信じているのだけれど、記録するのはいつでもどこでも誰でもという意味ではない。しかるべき人がしかるべき時にしかるべき場所を撮ることが重要なのだと思う。
そういう意味ではどれだけ高名な写真家であっても、「それまで」を撮っていない人が「それから」だけを撮って、名前を打ち出して発表するのは何か違うと思うし ―― 撮ることが無意味なのではなく、「あなた」の個人的な感想を教えてもらうのは、まだ先で良いよということだ ―― 使命感だか、好奇心だかしらないけれど、「それまで」を撮ってない部外者がここぞとばかりに出かけていったところでたかが知れていると思うのだ。
もしかすると、それが判っているから、彼らは似たり寄ったりのセンセーショナルな絵だけを拾ってきているのかもしれない。

渡部さんの写真は言わば「私的」な写真だと思う。
写っているのは紛れもなく震災から3ヶ月後の浪江町の様子だが、同時に渡部さんが過ごした場所を僕はのぞき見ている気分になる。
それだけに潰れた家や、玄関先に届けられた3月12日付けの新聞、吠えかかる犬、無人の町がいかに通常ならざる姿であるのか、それが自分の身に起きたことのように感じる。
生活の痕跡がしっかりと残っていながら、誰もそこで生きていないというアンバランスさ。
それは「反原発」などという平凡な言葉ではなく、高台に避難した人たちが津波が押し寄せるのを見ているしかなかったときのぽっかりとあいてしまった目を想像させた。

僕は池袋で生まれ育った。
20年以上を池袋で過ごしたわけだが、仮に今も両親が池袋に住み、僕が帰る場所がそこにあったとして、突然その場所に行けなくなったとしたら、僕は同じように写真を撮ることはできないと思う。
記録、記録などと声高に言っていても、実際に同じような境遇になったとしたら、僕は呆然と眺めているだけだろう。

去年の震災以降、あちらこちらで目にしたセンセーショナルな写真はここにはない。
でも、だからこそ、「それまで」を誰よりも知っている渡部さんの写真は、渡部さんが感じた以上/以外のことも、見ている僕たちに訴えかけるのだと思う。


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「FUKUSHIMARCH」
3月3日~31日
※渡部さんの「3months later」は11日まで。

展示は今回、特設されたテンポラリーのギャラリーで行われています。
東京都渋谷区神宮前3-27-14 ブライダル本間2F
竹下口交差点で明治通りを渡り、一本裏の原宿通りを入った先にある「BEAMS」の向かい側のビル2F。
1階は「Pocket」という雑貨屋になっています。
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by ash1kg | 2012-03-09 01:04 | 日々雑感
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