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夏の終わりの日
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ただただ蒸し暑い日だけが続き、フライパンに乗せられたベーコンのようにジリジリと
焼けるような夏の暑さを感じることなく8月が終わった。
夏に何かを期待することもないので、正直なところさっさと秋らしく涼しい日がやって
こないかと願っているのだが、それでも夏はどこかしら特別な季節なのか、夏の終わりが
近づくと毎年、18歳の夏休みの風景を思い出す。




言うまでもなく当時の夏と言えば自堕落な毎日が続くだけで(夏休みだけが特別だった
わけではなく、僕らにはいつも時間だけがたっぷりあり、その反動のように金だけは
いつもなかった)、特に何かをするわけでもなく、朝から行きつけの喫茶店で本を読み、
日中は図書館で本を読み、夕方になると公園のベンチで本を読み、日が暮れると行き
つけの小さな洋食屋で本を読むという具合で、要するに毎日本ばかり読んでいた。そう
しようと思ったわけでも、そうしなければならない理由があったわけでもなく、一日中本を
読んで過ごすことがいちばんローコストだっただけのことだ。

その年の8月最後の日、いつものように公園のベンチに座って本を読んでいると、路上
駐車した車から音楽が聞こえてきた。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」に入って
いる“Pretty Maids All In A Row”という曲だった。
LP盤でいえばB面の3曲目に入っているような曲が突然流れるはずもなく、それまでの
曲もカーステレオにかかっていたようだが、僕には気が付かなかった。そしてこのB面の
3曲目になって突然、耳に音楽が届いたのだ。
車の通りも少ない坂道の正面に傾いた陽が沈んでいき、東の空はまだ青の青らしさを
残している。僕は読んでいた本を閉じ、車から流れてくるジョー・ウォルシュの声をただ
聞いていた。それが18歳の夏の終わりの風景だった。

あの夏の風景が、聞こえてきた音楽が、どうしたわけか僕の中では夏の特別な風景として
今も残っている。
気怠い暑さの中に秋の始まりのような涼しさを感じた日には、僕はいまもイーグルスの
CDを引っ張り出し、コーヒーを飲みながらあの年の夕方の風景を思い出す。
今年の8月の最後の日は、そんなノスタルジーそのものに浸るにはうってつけの日だった。

(武蔵小山 14:28)
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by ash1kg | 2008-09-01 17:25 | 写真日記
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影と光、記憶と個人的な記録
by ash1kg
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